【うさりんご】





 阿部が家に遊びに来たので、栄口はりんごを剥いた。
 お菓子があればと思ったのだが、生憎と阿部が食べそうなものは無く(家は姉弟揃ってお子様味覚なので、チョコ菓子などはあっても、阿部が食べそうなスナック菓子などの常備は無いのだ。父親の出張の影響で、柿ピーも切れている)、どうしようかとあれこれ探っていたら、赤い実を二つ発見。そういえば、親戚が送ってくれたんだったっけか。
 最近のお弁当の片隅に必ず入っていたそれを思い返し、うーんと暫し思案、食べて大丈夫だろうか、いいかな、阿部に出したっつったらOKかも。
 姉弟(とくに姉ちゃん)の阿部贔屓は、堂に入ってきた感がある。
 よし、それでいこう、と、栄口はまな板と包丁をセットして、ボウルに塩水を用意してから、水洗いした果実を二つどどんと乗せた。
 
 まずは縦に半分。ふわりと鼻腔を擽る甘酸っぱい香りに口端が上がる。それを更に半分に割るのが2回。八等分したら、芯のところを三角に切り取る。蜜のところは残しておいて、うん、いっぱい蜜が入ってる、うまそう!ヘタをちょちょいと取って、皮を剥く。するするするり。黄色い果実がくの字でお目見え。直ぐに食い終わるだろうけど、念のためにと塩水に放り込む。こうすれば色が変わらないしな。うん。
 同じ動作をちょまちょまと繰り返し、二個分のりんごの皮剥きが終わったところで、お皿お皿。塩水から取り出して、拭く、のは面倒だからいいや、と、ぶんぶんと縦に振って水を落とす。そしてどかっと皿に盛る。…この辺が、大雑把だと評される所以だろうか…。
(あべとか、「水くせぇ!」っつって一つ一つ拭く…ことはないか、ウニだし)
 脳内で、こちらに向かって「はあぁぁ??」と怒っている垂れ目を思い出し、一つふくくと笑ってから。
 お盆にガラスコップを二つ、お茶のペットボトル2Lを一つどん、それから盛ったりんごとフォークを二つ乗せ込んで、いそいそと台所を後にした。


 以上、別段おかしなところは無い話ではなかろうかと思われるのだが、いかがだろう。

 実際栄口は、自分の部屋で待ちぼうけを食らわせていた阿部の元へと急ぎ、座卓に座って課題を片付けていた彼の隣にちょこりと座り、「先に食べよう」と手元のみずみずしい果実を披露し、「うまそうっ」を叫んでからりんごをサクリとフォークでさした。
 うーん、甘くてうまいっっ!!
 これが苦手なんて、巣山はなんでだろうなぁ、なんて、ここに居ない親友のことを思ったりしつつ。
 そのままシャクシャクと租借をしていたら、はてと気付いた。
「?」
 隣の男が、その垂れ目を訝しげに細め、一点を凝視している。
 凝視、である。
 どうしたことかと思うじゃないか。
 だから、栄口はその視線を追い掻けた。
 お茶が嫌いなメーカーのものだったのか、とか、温かい飲み物を所望していたのか、とか、色々考えつつも辿ったその先には、、、

 りんご

である。
(あれ?)
「あべってりんごダメだったっけ?」
 思考がそのままするりと口をついて出たのには若干驚いたが、いずれ聞くことだろうだからまぁいいや。
 もごもごと咥内のものの租借を続けながら、隣を眺め見る。
 すると、垂れ目はそのままに、「いや」とその低音が問いへの否定を口にした。
「食わない?」
「…や、食う、けど…」
「けど?」
 言い淀む男を珍しいなと見つめた。ワリと素直に思ったことは口にするタチだと思うのだが。
 返答を待つ間、もう一つとりんごに伸ばした手は、そのままで止まった。

「耳は?」

 は?
 耳??
 耳って、あの耳?
「りんごだよ?」
「うん」
 耳???
 こちらは至極真面目に不思議がっている。
 あちらは至極真面目に頷いている。
 どういうこと?耳??
(え?りんごに、耳って呼ばれる場所とか、あんの!?)
 栄口は考えた。先の工程一巡。8つに割って、芯をとって、ヘタを取って、皮を剥いた。
「どこ!!??」
「何が?」
「りんごの耳!!」
「はぁ?りんごじゃなくて、うさぎだろ?」
「えええ!!??」
 今度はウサギ!?え?ミミガーってのは確か、沖縄で食べられるブタの耳だよな、え、ウサギの耳!?美味いの!!??

「だから、うさぎにすんじゃん、りんご」

 …は?
 ダカラウサギニスンジャンリンゴ。
 脳内で一言一句間違うことなく再生してみる。
 はいぃぃぃぃ??
 意味不明だよ、ちゃんと日本語喋ってよ、三橋のコト言えないよあべ!!!
 一人パニックになっている栄口の耳に、するりと種明かし。
「別にいーけど。皮んトコが美味くね?」
 そう言いながら、不審色を払拭した垂れ目が、おもむろにフォークでりんごを突き刺した。

 あれ?
 皮のトコが美味い??
 ウサギにするじゃん林檎???

(えええええええ!!!!????)
「うさりんご!!??」
「は?」
「いや、だから、あべが言ってるのって、こう、ほら、皮を耳にしてさ、りんごで作ったうさぎのこと!?」
「は?りんごっつったら、あれだろ??」
「えええええ!!!???」
 なんで!?なんでそれが当たり前みたいな顔なの!?ウチじゃ、よっぽど気合の入ったお弁当でしか、お目にかからない代物だよ!!??
 そこで、なんとも絶妙に微妙な顔でこちらを見ている男を見返して思い出した。
 阿部のお母さんは、きっちりがっつりしっかり者の専業主婦だ。そしてシュンちゃんにやたらと甘い。おじさんともラブラブ。
(母さんも、そういえば、オレ等がちっちゃい時は、絶対うさぎにしてくれたっけな…)
 オレも弟も、いつの間にか大人ぶることを覚えてしまったけれど。
「阿部の家ってさぁ…」
「お、おー…」
「…もしかして、りんごって、いっつもお母さんが剥く?」
「おー」
「それは、いっつもうさぎだったり、する、の?」
「…普通だろ?」
 ああ、そうか、やっぱりか。
 おばさん、手まめそうだもんな。わざわざ、うさりんごにして、食卓に出すんだ…それを、普通の顔して食べるあべ…あべ…垂れ目なウニがうさりんご…
 
 ぷくー!!!
 
「なっ!!??」
 勢い良く空気漏れた。そのまま床に雪崩落ちる。
「おい、栄口!?」
 焦って覗き込む阿部の顔を見て、ますますぷくー!!いやだって、その顔でうさりんご、頬張ってうさりんご、それが当たり前だろうさりんご、うまいって租借するうさりんご、
「あはははははっっっ!!!!」
「はぁぁぁぁ!!??おま、何笑ってんだよ!!??」
「や、だって、わははは、や、くくく、ちょ、あははははは、あべかわいー!!!!!」
「はぁぁぁぁぁ!!!!????」

 その後、「てっめ、このやろ!!そんなに笑いたきゃ笑わせてやる!!」と、真っ赤になった阿部に全身擽られて更に大笑いしちゃって、その手が全身を別の意味で抱き締めてくるのに慣れた身体は簡単に溺れて、甘酸っぱい香りが充満する部屋の中で、阿部の上で存分に踊らされたことは、いやまぁ、割愛するとして。







「も、想像したら可愛くってさー、そう思わない、巣山!!!」
「…そーな」
「でしょー!?あの顔で、うさりんごを『普通だろ?』だって!!ぷくくーもーかわいー!!!」
 …目の前小声でこしょこしょと、昨日の出来事を事細かに報告してくれる、親友と位置づけている男のあまりの楽しそうな笑いっぷりに。
 まぁいいけどね、と、呆れた態で一つ息を吐き出した巣山は。
 とりあえず、やっぱり果物は苦手だわ、と、胸の中に深く刻んだことだった。
(甘過ぎる…)