【ずっとずっと想ってる】 目を開けると見慣れた薄暗さに、自分が眠ってしまったのだと阿部は気が付いた。 ベッドの上で身をよじり、首を回して枕元に置いてある目覚まし時計を見る。時計の針は0時52分をさしていた。それほど深く眠ってしまったわけではないようだ。 最小限の動作で阿部は元の位置に戻った。 自分の部屋のベッドで窮屈にしなければいけない理由に、阿部は視線を移す。 ベッドを分かち、横にいる栄口はこちらを向いて目を閉じている。口を半開きにした寝顔に阿部の頬が自然と緩む。 お互い、服は着ていない。 栄口とは、今日が初めてではない。 最初にしたのは、一年の秋大が終わった後だった。何とも言えない虚脱感とそれ以上の充足感を体験した。言葉にはできず、夏場でもないのに汗をかいた体で、ベッドに横たわる栄口を抱きしめた。 あれから冬が来て、春になり、進級もした。野球部には新入部員も入り、予想以上の収穫だった。 となれば、次にやってくるのはテストだ。今年は一年の面倒もみなければならず、主将の花井は頭を抱えていた。 中間テスト前の土曜日。勉強会をしようと阿部は栄口を誘った。泊まりでという前提だったが、昼間は耐えた。だが、夕食を終えて風呂上がりの栄口が部屋に入ってきた時はもう限界だった。両親がすでに寝ているのを確認していた阿部は、体がまだ火照っている栄口を、ベッドに押し倒していた。 栄口をいくら抱いても飽くことがない。それより深く求めている自分がいることを、阿部は自覚している。 今も初めての時と変わらないのは、部屋の明かりだ。蛍光灯は豆電球だけを点けている。明るいのは嫌だ、という栄口の主張は変わっていない。全部消そうと言い出した時は、阿部も見えないと反論して、こうなった。二人とも初心者なのだ。暗闇の中でできるわけがない。 自画自賛と言うわけではないが、栄口を痛くさせないように少しはマシになってきたと思う。声を漏らしても、栄口は痛いとは一度も言ったことはないが。 栄口と向き合うように、阿部は体を傾けた。 栄口は少し体を丸めている。セミダブルのベッドでも男子高校生2人には狭い。 阿部は手を伸ばして、栄口の薄茶の短い髪を撫でる。柔らかい髪の上を指を滑らせる。阿部が指先の感触を楽しんでいると、その下の目が見開いた。 「――――っ」 「………」 沈黙のまま、阿部は手を戻すこともできずに固まってしまった。 「なに、してんの?」 口を開いたのは栄口が先だった。 「起きてたのかよ?」 阿部は栄口の問い掛けに答えずに、低い声で聞いた。 「起こされたんだよ。なんか頭んとこくすぐったくて。阿部、いつもやってんの?」 「いつもって?」 「だから、俺が寝てるとき………いつも頭撫でてんのかなぁって」 「たまたまだよ。こっち向いてたし。撫でてちゃ悪いかよ」 「悪くないけど………なんか手つきがエロかった」 「はあ?なんだよ、それ。エロいっていうなら、お前の方だろ」 言い終わらないうちに、阿部は栄口がかけていた布団をがばっとはいだ。うわっ、と栄口は声を上げる。 「なにすんだよ!」 阿部は素知らぬ顔で枕元にあったリモコンを取ると、部屋の明かりがつけられる。 「それの方がエロいだろ」 顎で促す阿部の視線は、斜め下に伸びている。つられて栄口も視線を落とすと、胸のあたりにうっすらと赤い痣が点在している。 「阿部!!」 いつも日焼けしてる顔や腕と違い、シャツの下の肌では生々しい存在感がある。 栄口の大きな目が睨んでくるが、阿部は目を細めて眺めている。 「な、エロいだろ」 「キスマークはつけないって約束だろ」 「別に部活ないんだし、明日には消えるって。まあ、風呂上がりは気をつけろよ」 「………いつ、やったんだよ」 「いつって………そりゃ最後にお前がイっ………」 「やっぱいい!話さなくていい!!」 阿部の言葉を遮るように声を上げると、栄口は再び布団をかぶって頭までもぐった。 「おーい」 阿部は栄口の顔をのぞきこむ。 「もう、やんねえの?」 「無理!俺まだ腰痛い」 「そっちじゃなくて、勉強。英語まだ途中だけど。テスト忘れちゃうぐらい、良かった?」 返事の代わりに、布団から出ている栄口の耳が先まで赤く染まった。 「――――っっ、勉強も明日!もう寝る、おやすみ」 栄口がぐるりと壁の方へ体を半転させると、茶色い頭が阿部の方を向く。 「………おやすみ」 背中を向けられた方がいい。栄口を見ていると、また触れたくなってしまう。 栄口と過ごす夜に、いつも考えることがある。いつまでこうしていられるのかと。 不安なのだろうか。 それでも全身で求めて栄口が応えてくれると、打ち消す何かがある。 シガポのメンタルトレーニングは、ここでも発揮されるものなのかと思う。 いつまで、なんて後ろ向きな考えだ。 栄口が自分を求める限りは、離れない。きっと、離れられない。 阿部は手を伸ばしリモコンを取ると、部屋の明かりを全て消した。栄口の微かな寝息を聞きながら、瞼を閉じる。 強気でいることに理由なんて必要ない。 Fin. |