こちらのssは、管理人sがこのバカポー同盟のサイトについて云々を決めようと開いた茶会において、見事脱線した際に出来上がったネタを形にしたものである。





【スタンド アップ!】





朝練が終わった。

頬は赤く上気していても、吐く息は白い。秋を過ぎ冬に入る空の下、相変わらずベンチで着替えながら思い思いに西浦高校野球部の面々が喋っている中、小さな声で栄口に呼ばれた。
「阿部、あのさ」
「ん?」
シャツのボタンを止めながら愛しい恋人の声に耳を傾ける。
「今日、弁当作ってきたんだけど一緒に昼食べれる?」
「マジで?」
「マジ!」
栄口がVサインを見せて頷いた。冬時間になって早くから朝練ができなくなってから、たまに栄口は自分で弁当を作ってきてくれる。母さんには悪いけど、その日だけは弁当を交換して栄口の手作り弁当を味わっている。
「4時間目理科室だからこっち来てもらっていい?」
「こっち、って教室?」
「別にいいだろ」
「阿部がいいならいいよ。今日はだし巻き卵がうまくいったんだ。阿部、だし巻き卵好き?」
「おぉ」
「よかった」
「栄口の作ったもん嫌いなわけないし」
「ありがとう」
ほころんだ顔の栄口の隣で、阿部も口元に笑みを浮かべた。


朝からベンチの一角がピンク色のオーラに包みこまれた。

「聞こえた?」
「おぉ、栄口昼弁当持って来るみたいだな」
阿部と同じ7組在籍の水谷と花井は顔を見合わせた。
二人の場所を問わないラブラブっぷりには慣れてきたが、やっぱり聞きたくなかったような、心の準備ができるから聞いといてよかったような微妙な気分だ。
「俺も栄口の手作り弁当食いたいぃぃ」
のろのろとシャツのボタンをはめながら、水谷が間延びした声を出した。
「阿部に頼めば?」
「そんなの、阿部に殺されるに決まってんじゃん!」
無理、絶対無理、と水谷は首を振った。
「わかってんなら言うなよ」
「わかってるけど、言いたいじゃん」
先に着替え終わった花井はスポーツバックを肩から背負った。
「で、昼どうする?教室で食う?他んとこ行く?」
「どうしよっかなぁ、栄口とは昼一緒に食べたいんだけどなぁ」
水谷は最後の一個のボタンをかけながら、唇をつきだした。





4時間目、1年7組の授業は理科室での生物だ。

席が前後の水谷と阿部は同じグループで花井はちょっと離れた別のグループだ。授業が始まってしばらくすると、水谷が花井の方にチラチラ視線を送ってきた。
無視できないこともないが視界の端に入るのがちょいうざい。
仕方なく口パクで「なんだよ」と返すと、水谷が身震いするジェスチャーを送ってきた。


(なんだ、あれ……)

その日は顕微鏡を使う授業で、無駄話をしても目立たないのをいいことに、水谷が目が合うたびにしつこくジェスチャーを送ってきた。授業が終わる頃には美術の教科書で見たムンクの叫びのような顔をしていた。
(なにやってんだ、あいつ……)


隣の阿部がアレにツッコまないってことは、十中八九阿部絡みだろうけど。

授業が終わって二人のとこへ行くと、疲弊した顔の水谷の横でいつもと変わらぬ仏頂面の阿部がいた。
「なんだよ」
花井からの視線に訝し気に阿部が眉をひそめた。
「いつもの阿部じゃん」
「これからわかる!」
花井が耳打ちをすると、水谷が必死な顔をみせた。



教室まで戻るのに、水谷が阿部の隣を歩くのを避けたので、自然と花井は二人に挟まれて歩くことになった。そして、いつものように水谷が他愛もない話を始めた。
「でさー、ふりかけかと思ってかけたら、入ってたの七味唐辛子で。ご飯にどばーってかけたから、もう七味ご飯になっちゃってさぁ」
「それ、食ったの?」
「うん。しょうがないからさぁ、食うしかないじゃん。でも、やっぱさぁ……花井!横、見てっ」
話の途中で水谷が腕をつっついてきた。
「は?…………!!」
左に顔を向けて、一瞬目を疑った。


遠くを見たまま、ゆるみきった顔の阿部がいた。
(なんだよ、その面!)


阿部の皮かぶった別人じゃねーか、とありえない考えが頭をよぎった。

「な、な、キモくない?」
「授業中からあれ?」
「あれ!」
「うわー……マジかよ」
花井はもう一度横目で阿部を見た。話されてるのを気付かずに、しまりのない口元をしている。見事にトリップ中だ。



なにを考えてるかは、一目瞭然で。



「おい、阿部。阿部、あーべ!」
花井が何度か呼ぶと、目をしばたいて阿部がこっちを向いた。
「なんだよ?」
「いや、家で自分の部屋ならかまわないけど、学校でその顔はやばいだろ」
「は?顔?いつもとかわんねーよ」


(無自覚かよ!)


「水谷、昼9組行こうぜ」
「さんせー」
「なあ、顔がなんだってんだよ!」
「ああ……いつもと同じタレ目だよ」
「なんだよ、それ!」


なんか疲れたのはきっと授業のせいなんかじゃない。阿部の怒声を聞きながら、花井は心の中で呟いた。




教室に戻って机で頬杖をついて待っていると、栄口が来た。前のドアから、愛らしい丸い茶色の頭が見えた。目が合うと、満面の笑顔を浮かべてこっちへやっつ来た。
「あーべー、待った?」
「いや、今さっき戻ってきた」
「花井と水谷は?」
「9組行った」
「そっか。じゃ、借りよっと」
栄口は前の席の水谷の椅子をくるっと向きを変えて座った。
「はい」
机の上に青のチェックの布に包まれた弁当箱が差し出された。
「朝起きんの大変じゃねぇの?」
「毎日だと大変だけど、たまにならね。姉ちゃんも助かるみたいだし」
「何人分?」
「3人分」
「すげぇな」
「夕飯の残りとかいれてるし、一人分作るのと手間はそんな変わんないよ」
阿部はスポーツバックの中から緑の布に包まれた弁当箱を出して机の上に置いた。
「じゃ」
「おう」
お互い、相手の弁当箱を引き寄せた。包みを解いて、蓋を開けた。栄口が作った弁当には小さなハンバーグが4つと生野菜とだしまき卵が、阿部の母が作った弁当は唐揚げと煮物とゆで卵が入ってる。さらに両方とも、ご飯がこれでもかという程に詰め込んである。
「煮物うまそうっ」
「そっか?絶対こっちの方がうまいって」
「食おうっ!」
「おぅ」
「うまそうっ!」
「うまそうっ!
「いただきますっ!!」
声を合わせた後、箸を動かして一気に口に詰めこみはじめた。食べながらも栄口は緊張した顔でこっちを見てる。
「卵焼き、うまい」
「本当に?」
「本当。すっげーうまい」
「よかったあああ」
大袈裟に栄口は胸を撫で下ろした。
「栄口の料理はどんなもんだってうまいに決まってんだろ」
「ありがとう」
唐揚げを箸で持ったまま、栄口がはにかむように笑った。
栄口の手作り弁当は食べれるのはもちろんだけど、栄口のこの照れた顔を見れるのが嬉しい。二人きりの時だってなかなか見れない顔だ。
「栄口、ついてる」
阿部は手を伸ばして栄口の右の口の端についた米粒をとって、そのまま自分の口にぱくっと入れた。
「あ、え、あ、ありがとう」
栄口が顔を真っ赤にして、目をきょろきょろさせた。
「なんだよ?」
いや、だって…と口ごもりながら栄口が答えた。
「そのパクッていうのなんかマンガみたいで、でもマンガより阿部の方がカッコイイなぁって思って……あああ、ごめん!俺すげー恥ずかしいこと言ってる」
目を合わせずに栄口はゆで卵を口に入れた。


(かわいいこと言いすぎだろうがっっ)
阿部は持っている箸が折れんばかりに、拳を震わせた。照れ隠しに頬ばったゆで卵を一生懸命飲みこもうとしてるのもさらに可愛い。
「栄口」
再び、阿部は左手を伸ばして栄口の右頬をそっと包みこむように触れた。
「あ、べ……?」
「カッコイイって言ってくれんなら、ずっとこうしててやる」
「えっ……いいの?」
目の前の栄口の瞳が一瞬揺らいだので阿部は頷いた。
伸ばした手の親指だけを微かに動かして、頬を撫でる。右手から伝わるその温かさはよく知っているものなのに、それだけじゃ物足りなくなってくる。柔らかい栄口の頬を両手で包みこみたい。そして、いつものように―――




「何やってんだよ」

頭上から聞こえてきたどうでもいい声に、阿部は顔をしかめた。

 

 


以上、碧井。

 続き〜 水谷文貴の場合 → コチラ (碧井)
       花井梓 の場合  → コチラ (やお)